2014年9月23日火曜日

MZ-80B 33年前からパソコン触っていました。


ITの仕事をやっているので、いつからITに関わっているのですか?
とよく聞かれます。
実は33年前からパソコンに関わっています。
※先日40歳になりました。
自分が最初にパソコンに最初に触ったのは7歳の時。
シャープのMZ-80Bというパソコンでした。
※この頃は「マイコン」でした。
機械好きだった父が馬鹿高い金額のパソコンを突然買ってきたのがきっかけです。
普通の家や会社にもパソコンはなかった時代です。
今から33年前。時代的には孫正義さんがソフトバンクを福岡ではじめた頃。
IBMがパーソナルコンピューターに参入した時代でした。
当時のパソコンの能力(スペック)は、CPUが4Mhz、
ディスプレイは色はなしで一色グリーンのみ表示。
画面はドットと呼ばれる緑の点が見えるくらいの粗さ。
カセットテープにデータを記憶するタイプのものでした。
つまり、今自分が使っているMAC BOOK PRO(3.7Ghz)と比べると947分の1の性能でした。
※単純にクロック周波数の比較。厳密だともう少し違いますが。
このパソコンで何かソフトを動かしたかったら、
そもそもソフトが殆ど売っていませんでした。
マシン語といわれる「01DA 0AB 12CE 1011 AC10」などの16進数で作られたソースコードを数千行近くプログラムを打ち込むか、
BASICと呼ばれるプログラムのソースを雑誌付録から数百ページを見ながら打ち込むという作業をする必要がありました。
そんなこんなで33年もパソコンを使っています。
ふと考えるとコンピューターとの関わり歴で言うと、日本国内でも古参組のレベルですね。
途切れること無く、パソコンを利用しているので、そりゃー他の人よりも知識があって当然。
しかもIT系の学校ができはじめる前に技術的には既に理解していたし、国家資格も数種類もっているので、
それなりレベルの知識はあります。
ただ「自分は技術者じゃないですので。。。」とよく話します。
単に技術系の仕事を主体にしていないだけです。
(したくないとも言う)
コンサルティングや営業的な人と関わりあう仕事が好きなので。
ただ、実生活では英語が苦手なので、Perl, R, Ruby, C++などのコンピューターの言語を全部忘れてもいいので、英語がペラペラになりたい今日このごろです。

2014年7月24日木曜日

昨日は父の命日


仕事の話は機密が多くて、なかなかポジティヴな事がかけなくて、
いつも微妙な話題ですみません。


昨日23日は父の命日でした。

平成9年の7月23日に父は亡くなりました。


どんなに贔屓目に見ても、
本当にワガママで、自分勝手で、どうしようもない父でした。
正直恨むことも沢山ありました。


知識に対して貪欲で、様々な事を知ろうという探究心。
仕事に対しての取組み方。
仕事に関しての真剣さ。

誰よりも努力家で、頑張っていましたのだけは自慢でした。
今でも本当に尊敬しています。
殆ど寝ているのは見たことがない父でした。

酒もタバコも一切飲まず、博打もせず、人付き合いが本当に下手で、不器用でしたが。

仕事に関する努力の大切さは教えてくれました。


父の死のきっかけは計画倒産をした知人男性の連帯保証人をしていた事でした。
連帯保証債務と自分の事業債務で、大変だったのだと思います。
※とは言ってもたすき掛け保証をした父も悪い。

きっかけ自体は人のことが原因なんだからいいじゃないか?
楽になって欲しい。破産をして、もう一度人生をやり直そうよと説得を続けました。

自分が住んでいた札幌から父のいる実家の釧路までは350キロ。
半年以上、毎週700キロ往復して説得しました。

昭和9年産まれで、頑固でプライドが生命よりも大切な父は言うことを聞きませんでした。

自分は亡くなる二日前。
母に手は出したりしませんでしたが、誤解からの勘違いで「出ていけ」
といったらしいです。

それを聴いた自分は母に

「一度家を出たらいいんじゃない?自分も毎週通ってたけど。今週は行かないようにするから。わかってもらうには一度距離を置くそれしかないよ。」

そういいました。


自分も実家に帰らず。母も1日だけだったけど。家を出ました。


その翌日父が亡くなりました。
心配した母が次の日、家に帰り異変を感じました。

父が亡くなっていました。


その日。自分の人生にとって大きな十字架を背負うことになりました。

自分の一言がもしかしたら、父を死においやってしまったのではないか?
そう考えるようになりました。


その出来事で学んだ事。


「人への愛情は駆け引きしては行けないと言うこと。」

「人を助けたいと思うのであれば、徹底して変わるまで責任もって関わること。」


でした。

その後、自分は父の連帯保証で結果として、数千万円クラスの債務を背負ってしまいましたが、
この死をきっかけに23歳で独立起業を決意し、頑張って働き、半年で完済しました。


父の死からの独立起業。

自分の人生の明らかにターニングポイントになりましたし、もう心の整理もつきました。

この件があったからこそ、

バカだと言われても、自分に救いを求めてくる人には精一杯の力で対応してあげたい。

そう思うようになりました。


そしてそれからは深い人間関係が築けるようになりました。


確かに大変な事もたくさんありますが、一度切りの人生。

どれだけ多くの人の人生に関われたのか、良い方向で関われたのか?
というのが人間の価値の一つだと思っています。


自分はお人好しのバカと言われる事が多いけど。


自分に課せられた十字架を背負って、
もっと多くの人に頼られ、たすけられる人間になりたい。そう思っています。

お金は拾い直せるけど、時間と生命は戻らない。

だから、お金よりも、助けなければならない人がいればそれをとるようにしたい。


人間は必ず死にます。

でも何かをしてあげれば、その人の心の中では人は思い出として生きている。


それならば、人に思い出に残るような救いの種を撒くことが自分の人生の価値といえるんじゃないかな?

肉体が死んでも、思い出としてでも生き続けられるのでは?

だからこそ、人に対して一生懸命に何かを与えられる人間になろう。

そういう思いを根底に持つようになりました。


保証人や騙されたお金で、結果として返済したお金は数億円

バカで損な生き方だな。。。。人はそういいます。
でも、それなりの理由があるのです。



せっかくなので、父の命日には、父の事。色々と考えてあげなきゃ。

そう思いで書いてみました。


2014年7月23日水曜日

人の力になる

知り合いのお母さんが癌になった。


金銭面では、助けてあげられないけど、


家の経済状況が大変らしくて、区役所の手続き、高額療養費の手続きの仕方や、


滞納していた国民健康保険の処理の仕方。


病院との話し合いのポイントなどの相談にのってあげた。


昔、身内の癌の件で、何度も大変な思いをしたから、お金がないなかで身内が癌になるとどうなるか、すごく知っている。


自分の大事な人間の死を意識するというのは、本当にプレッシャーだし。

何よりも本人と家族が一番大変。


だから、知らない事があると人間不安になる。

その不安が少しでも、取り除いてあげられていたならいいな。


誰かの役に立つために、自分の経験が役に立てるなら。


それが一番いいもんね。

2014年7月16日水曜日

裏方の仕事

舞台があれば舞台裏があり、


日向があれば、日陰はある。


どちらも大変。


どちらか一方だけがあればと言うこともない。


お互いがあって、初めて成り立つ。


だからお互いへの感謝を忘れないようにしないとね。



昨日クラシックコンサートの裏方さん(誘導の人)を見ながら改めてそう思った。


コンサートの終了間際だったけど。


後から遅れてきた、お客様がきちんとしたタイミングで入れるように、


誰かが音を立てて入退室をして、コンサートの演奏に迷惑がかからないように


真剣に仕事をしていた。


はっきり言って、手を抜ける仕事だと思うし、簡単な仕事に見えるけど。


一つ一つ丁寧に真剣にしているんだなぁ。。そう思った。



仕事なんだからやって当たり前と思っていても、こちらが


気持ちだけじゃ伝わらないので。


気持ちは言葉があって初めて伝わる。




「皆さんありがとう。きちんとした仕事してくれて。感謝してます。いい仕事してますね!」



と言ってあげたら、みんなとてもいい笑顔をしていた。


やっぱりこれだよね。


その感謝の一言。


思ったら正直に伝える。


それだけで相手は嬉しいんだから。


言葉は無料だしね。


これからも裏方の人にも、声を掛けていこう。

2014年7月15日火曜日

優しさの総量

人間って。


優しさの総量って決まっているような気がする。



人によって、その総量はちがって。



例えば、


Aさんは100。


Bさんは200。


Cさんは10。


とか。



それを誰かに与えて、使っていくと、どんどん減っていく。


Dさんの相談にのってあげて、-30。とかね


気前よく、使いすぎると、自分に心の中の優しさに余裕がなくなって。


寂しくなったり、誰かに優しくして欲しくなったり。




そんな気持ちになる気がする。


最近。人に頼られることが多くて。




いろんな人にやさしくしよう。なんかしてあげなきゃって思ってた。


そしたら、いつの間にか、自分に余裕がなくなっていて。



不満がたまっていく自分。




優しさの使い道。優しさの量。





きちんと使い方を考えないと、自分がダメになっちゃう。


そして、自分の彼女とか、大事な人にも嫌な思いをさせちゃう。




誰にでも優しさを上げるんじゃなくて、


自分の大事な人や、家族。仲の良い友人。


きちんと順番を考えて。


しかも、大切に使っていくことが大事なんだよね。



もっと器を大きくしていかなきゃ。





その為にも勉強しようかな。


自分の心について。人の心について




そして、もっとたくさん自分を鍛えて、優しさの総量を増やしていきたい。


今のちいさい自分を脱出しなきゃ。

2014年7月14日月曜日

成果に拘り過ぎて、プロセスを疎かにするという愚かさ

世の中成果主義。


結果が全て。


結果が出ればプロセスは関係ない。


そう言われて久しい。



自分は営業畑の出身なので、その言葉が心の奥底にこびりついている。


実際、犯罪以外はどんな方法でも使えべきだ。


という考えは間違ってないのかもしれない。



でも、裏ワザや抜け道を通れば、目的は達成できるけれど、それ以上の成功は間違いなく無いと行っていいだろう。


身体や心がその到達点に追いついていないからだ。


成果ばかり追い求めてると自分の成長はない。







人を愛するという事もそう。


「愛してる」という言葉を言うのは結果だけど。



愛というのは結果じゃない。


愛は、その人の為に頑張りたい。


この人を幸せにしたい。


この人を大切にするにはどうしたらいいんだろう。


この人を悲しませたくない。


この人に笑って欲しい。


そんな思いや悩む姿がつまり「ing」の状態が本当の愛だと思う。






成果はもちろん大事だと思う。


でも本質の部分。自分の成長や、自分の思いは、プロセスの中にしか存在しないのだと思う。






先日、プライベートでとんでもない失敗をした。


付き合っている大切な彼女を傷つけた。



自分はその彼女に何かしてあげたい。結果を出して見せたい。



そう思う気持ちでいっぱいになった。


それから、2人で色々決めたり、相手を思いやる気持ちが減っていった。


成果を出して驚かしてやろう。


自分の心のなかはその気持ちでいっぱいになった。



結果として、成果を出すならば、ズルをしてもいいのでは、どんな事をしてもいいのかも?


と思い始めて、何処かで魔が差したのかもしれない。


それから、何かにつけて、慢心していた。


浮気もしてしまって裏切った。


合わないと言う人にもあって裏切った。


結果、心に傷を負わせた


自分の最大の反省だった。


どんなに言い訳をしても仕方ない。


正当化も出来ない。


今から変わろう。そう思って今いきていいる。





成果も大事だけど、その成果の為にはきちんとしたプロセス=道 が最も大切。


今は心からそう思う。




これからは、八方美人でもなく、一番大事なものは何か?をきちんと考えて。


魔が差すことなく。


大切な人を大切にして生きていく。

2013年12月11日水曜日

一つの魔が全てを壊す。

昨日と今日は元気が全くない。


最近は毎日仕事に本当にガンバレたのに。



頭がフリーズしてる。



人と人との関係は難しい。


大切に大切に、一つ一つ積み上げて行こう。壊れないようにそっと。


何ヶ月もそんな気持ちで慎重に積み上げてきたものも、一瞬の魔によって、崩れてしまう。


何度もそんなことは経験してるのに、この経験には免疫が出来ない。



強くはなれない自分がいる。



何か足りない。何か間違っている。自分の悪いところはわかってる。


だからこそ、大切にしてきた関係なのに。


悔しい。


でも、あの時どうすれば。。っていう答えが全然見つからない。


人の事はどんどん指摘出来るのに、自分の事は難しいものだ。


まだまだ未熟だなって思う。



2013年10月17日木曜日

夢や願望は口に出せば叶えられる?は間違ってると思うよ。。。。

最近、色々なセミナーの影響なのか、


「夢や願望は口に出せば叶えられる」という法則に従ってという事で、


フェイスブックでも、はたまたどこかの異業種交流会や飲み会でも、


どこでもここでも「引き寄せるため」に私利私欲な欲求を口に出す人が増殖している。


確かに口にだす事は大事で、言わなければ何もかなわないし、引き合わされることはない。



でも、何でもかんでも口に出して、安売りのようにする風潮はどうなんだろうな。と思う。



「大きな大義があったり、その目的や目標に、崇高なものがあった時」に初めて、周りの人が共感し、


この人を応援したいと思うのであって、


一個人のただの欲望や欲求の為に、周りの人や、不思議な力が働く事は絶対にない。


ただ、変なセミナーを聞いたり、本を読んだり、上辺をかじっただけの人間が、


あれが欲しい、これが欲しいと言ってまわっている姿を見ると、


バカな人達にしか見えない。


しかも、自分の能力や価値を高める為の勉強や実践をしていない人たちが、


相手の役にも、社会の役にもたたない人たちが、その言葉を言い続けるのはどうなんだろう。



「口から言っているだけで引き寄せられる。幸せになる」


ある種の他力本願な宗教と変わらないんじゃないかな?


と思う今日このごろです。

2013年10月9日水曜日

人生は選択

自分が会社をはじめるきっかけになったのが、この課題だった。


あまりに不幸なことが起こるもんだから、


人生や運命には勝てない。


そう思っていた時だった。


自分がどんなに努力しても、もともと不幸な運命を持っている自分には幸せは訪れない。


そういう観念に頭が支配されていた。


実際、父親が自殺し借金を数千万かぶって、第三者破産をかけさせる。って言われたときは、


どうしていいかわからなかった。


というか、自分でした借金ではないので、どうでもよくなった。


だから、なんか自暴自棄になっていたんだけど、


ある日、とある社長に経営者向けの研修にさそわれた。

※自分が投資会社に勤めていた頃のお客さんで、数千万円損をさせて人だった。

そこで、自分で学んだことは、本当に自分の人生を変えたと思う。


勉強している内容は本当に簡単なものだ。


たとえば「性格は変わるか?変わらないか?」といわれれば、

前の自分ならば「絶対に変わらない」

と答えていた。


けれど、研修で学んだのは、

「性格はその本人から発せられた様々な情報を第三者が見て、感じて、その情報を基に決めている」
ということ。


自分が発信している情報を第三者がキャッチして、


それを総合的に判断して、自分の性格を判断している。


「表情」「声の大きさ」「姿勢」「態度」「言葉づかい」「積極的か消極的か」などなど


人間はいろいろな情報を自然と周囲に発信している。


たとえば「表情」これは、意識すれば変えられる。

「声の大きさ」これも変えられる。

「姿勢」これも変えられる。

「言葉遣い」これもだ。


実は性格を決めているものって、全部が意識をすれば変えられるものだけなのだ。

そういう風に人間というものを科学的に勉強していった。


しかも座学ではなく、実際に体験型の研修として

心理学や哲学、経営学までを勉強していった。

研修は三日間だったけれど。衝撃的だった。



その中であったのが、「人生は選択」という話。

人生は、AかBかと常に選択をせまられる。

その選択によって人生が決まる。

幸せに生きるにはどうすればいいのか?

それは、間違った選択をしないということなのだ。

じゃあ間違った選択をしないようにするには、どうすればよいのか?

それは、他の人の人生を勉強することや、宗教を学ぶことなのだ。

哲学もそう。有名な方の立志伝を読むこともそう。

ある年齢になると、親がいってたことがどれだけ正しかったかがわかってくる。

「勉強しなさい」「挨拶しなさい」etc......

だから、ある程度の年齢になればわかるんだと思う。

「あーこいつとは結婚したのは失敗だったな」とかもそうなんだろう。

でも、歳を取ってから気づいても遅い。

だから勉強したり、指導してくれるような人につくことが大事なんだと思う。


それからだ、宗教や哲学。右翼、左翼。いろいろな思想が世の中にある。

でもそのほとんどが「人生を幸せにしたい。人生を幸せにするには?」という目的をもって、

仲間になり、考えている集団なんだと思うようになった。


それをベースに考えると偏見はなくなった。


実はすべての思想や宗教、立志伝や哲学は


「すべて事例集なんじゃないか?」

そう思うようになった。


正しい宗教や哲学にならかかわりたいけど、「幸せにするならば他人を害してもいい」というところもあるのも事実だし。

その辺は考えないとだめだと思う。

ただ、やはり


「釈迦がいいました。こういう場合はこうしなさい」

「キリストがいいました、こういう場合はこうしなさい」など

すべては人間がある条件のもとで選択にせまられた時。

どうすれば うまくいくのかを導くものなのだと思う。

そういう意味では、運命をつかさどる宗教も教えていることは「選択」なのかも知れない。



また、自分でもどうしていいかわからないことがある。

どっちを選べばいいか?と迷うときがある。


必ず正しい答えはある。

それを極めていくことが、人生を極める事。成功する事。幸せになることなんだと思う。


自分はそういう考えに関われたことで、


もしかしたら今自分が悩んでいるのは「自分が無知なだけ」なのかも知れない。


とおもえるようになった。



「自分で決断していこう。」

「必ず答えがあるはずだ。」

「わからないのは、自分が無知なだけだ」



と言い聞かせられるようになった。



今直面している「人生は選択」。

もし、自分に出会いがあったら、それは運命。

そう思うようにして、生きるようになった。


それからだ、前向きに頑張れるようになったのは。

2013年10月8日火曜日

おもてなし。

ある会社(名前出てるね)に訪問したら、玄関にウェルカムボードが。

こうした、気遣いが出来る会社って素晴らしい。
打ち合わせに入る前から気分がいい。

こういうホスピタリティのある会社はお客様にファンが多くんだろうな。